2009年6月27日土曜日

怒った顔には、理由がある


今日はちょうど社ゼミの資本論研まで時間があったので近所の高幡不動尊まで散歩に行ってきた。

ちょうど今、高幡不動尊では「不動明王展」というパネル展示が行われている。

不動明王の怒りの顔に込められた19のメッセージ

私はパネルを見て回ったがまだ十分にその怒りの表情に込められたメッセージが理解できたとは言えない。

ただ若干の事はわかった。

穏やかで優しい表情の菩薩に対し、怒りの表情で醜い姿の不動明王

それはまるで厳しい父、優しい母を表しているようにも言えよう。

また、不動明王、菩薩のもとの姿は如来であるとのこと。

菩薩、不動明王は人々を救済する時の姿らしい

菩薩は煩悩にとらわれた人を教え諭して救済する

不動明王は菩薩の姿(教え諭して救済)では救えない人々を救う際の姿。

醜い姿、怒りの表情もその煩悩にとらわれた人々を従わせ、救済するというもの。

そして不動明王の持つ剣は衆生の煩悩・迷いを断ち切るものであるとの事。


ここでふと自分を振り返った

自分はこれまでさまざまな事で迷って来たのではないか

そして今も迷っていることがあるのではないか

そしてそれにより自分が本来やらなければならない事を見失っているのではないか

もう一度自分を振り返る。

そして展示の部屋を出て本堂(不動堂)へ向かった。

正面の不動明王を見たとき、一瞬不動明王の鋭い眼光に捕らわれたような気がした。

私は一瞬硬直した。

まるで私の内心の迷いを見透かされるような感じだった。


そしてしばらく後、私はふと、我に返り、その後、不動尊を後にして大学へ向かった。


私はこれまでの迷いを戒められたようだ。

もう一度自分が何をしなければならないかを確かめ、それを確実にこなそう。


だが今回の展示で、私は19のメッセージが理解できたのかがわからない。

時間があったらもう一度行こう。

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